企業の社会的信用に大きなダメージを与えるパワハラの訴えは、その「線引き」の難しさからガバナンスの大きな課題になっています。対応を誤ると管理職のパフォーマンスを委縮させて、企業の業績を低下させる原因になりかねません。管理職の言動に枠をはめる「ガイドライン」の設置などでは、パワハラ問題の根本的な解決にならないと感じている経営者や管理職は多いでしょう。そこで注目したいのが、Googleが職場のチームの生産性を高めると提唱している「心理的安全性」です。この記事では、いま日本の多くの企業が注目している「心理的安全性」とは何か、それがパワハラ問題の根本的な解決にどう役立つのかを分かりやすく解説します。ぜひ参考にしてください。エンゲージメントを向上したいならロコソルへパワハラ問題が起きる根本的な原因は「上司のキャラクター」にあるのではないセクハラでは、同じことを言われても、それを誰が言ったかでセクハラと感じたり感じなかったりする、という厄介な問題があります。同様にパワハラでも、部下を指導するための同じ言葉がパワハラと受け止められることもあれば、やる気を出すパワーフレーズになることもあります。パワハラの訴えを恐れる企業は、管理職に対して「NGフレーズ集」などを作ってガイドラインを設けようとしますが、その有効性はきわめて限定的と言わなければなりません。線引きが難しい、というより同じ言葉が正反対の効果を持つからです。しかし、それを「上司の人柄やふだんの行動によって同じ言葉がいかようにも受け取られる」と考えたのでは、パワハラ問題の迷路から抜け出すことはできません。パワハラの本質は管理者のキャラクターにあるのではなく、職場(チーム)のメンバー全員の仕事における人間関係にあります。では、どのような職場の人間関係がパワハラを消滅させるのでしょうか?その1つの答えが。Googleが提唱する「心理的安全性」です。心理的安全性とはGoogleは2016年に、ある大規模な社内調査のレポート(https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/)を公表しました。その調査の目的は「効果的なチームを可能とする条件は何か」を解明することです。社内にある数百のプロジェクトチームから180チームを調査対象として選び、約4年間かけて大規模な調査が行われました。その結果、もっとも重要な条件と結論づけたのが「心理的安全性」psychological safetyです。この概念はGoogleが創案したものではなく、1999年にハーバード大学の組織行動学の教授エイミー ・エドモンソンが提起し、Googleの再評価によって日本でも有名になりました。エドモンソン教授は、職場に心理的安全性がないと、メンバーは次のような4つの不安を抱くと指摘しています。1. こんなことを聞いたら無知だと思われるのではないか2. チャレンジしてみたいことがあるが、失敗したら無能だと思われないか3. 積極的に発言したいが、それがピント外れだったら邪魔をしていると思われないか4. チームの方針や目標に疑問があるが、それを言ったらネガティブだと思われないかメンバーにこのような不安があると、無知や無能だと思われるリスクのある発言や行動を避けるようになります。メンバーがこのような「リスクを避けようとする心理」に支配されると、そのチームが創造性や革新性のある成果をおさめることはできないのはもちろん、既定路線の目標も達成できない可能性があります。心理的安全性のある職場とは、メンバーが上記1~4のような「余計な心配」をせずに、仕事に打ち込める職場です。この心理的安全性が担保されていれば、上司に厳しく注意されてもそれを無知や無能だという非難(パワハラ)とは受け取らずに、仕事を向上させるための教育的指導と受け止めることができます。また、その指摘が間違っていると思ったら、反論するという「リスク」を取ることにも躊躇しなくなります。もちろん「反撃」ではなく「反論」です。要するに、職場で同僚や上司に何か言われるとしても(あるいは自分が何か言うにしても)、それは個人的(人格的)な揶揄や非難・攻撃ではなく、生産的な仕事をするための言葉だということを全員が理解しているのが心理的安全性です。心理的安全性がない職場の危険性心理的安全性のない職場でよく見受けられる社員の行動パターンには次のようなものがあります。• 自己印象操作(self-impression management)• 自己呈示行動(self-presentation)印象操作とは、自分が他人からどう見られているかを気にして、それを操作(management)しようとすることです。その方法として採られるのが自己呈示行動です。自己呈示行動には、実際の自分を美化して語る、相手につけ入られないように威嚇する、気に入られるように取り入るなどがあります。心理的な安全性がないと、このような真の自分を偽って体裁を保とうとする気持ちや行動が職場に蔓延することになります。自分のミスを隠すという、組織に重大な損害を与える行為に出る可能性も高くなります。実際のところ、管理者がもっともイライラするのは、部下のこのような自己印象操作や自己呈示行動ではないでしょうか。こういう「心構え」が当たりまえになっている職場では、目標の共有やそれに向かっての相互協力は望むべくもありません。心理的安全性を高めることがなぜ重要か心理的安全性を高めることが重要なのは、それによって居心地の良い職場になるからではありません。それはGoogle流に言えば、効果的(生産的)なチームには共通する5つの因子があり、その中でも心理的安全性がもっとも重要であり、他の4つすべての基礎になるからです。その「5つの因子」とは次のようなものです。1. 心理的安全性 : 無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だと信じられる。自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる。2. 相互信頼 : 相互信頼の高いチームのメンバーは、クオリティの高い仕事を時間内に仕上げる。これに対し、相互信頼の低いチームのメンバーは責任を転嫁する。3. 構造と明確さ : 職務上で要求されていること、その要求を満たすためのプロセス、そしてメンバーの行動がもたらす成果について、個々のメンバーが理解している。4. 仕事の意味 : 仕事そのもの、またはその成果に対して目的意識を感じられる。5. インパクト : 自分の仕事には会社のため、社会のために意義があるとメンバーが主観的に思える。引用:Google re:Work「効果的なチームとは何か」を知る会社の業績に直接結びつく2~5の因子の基礎、あるいは前提条件になるのが心理的安全性だというのが、数百万ドルの経費をかけたGoogleの調査の結論です。心理的安全性を高めるにはどうすれば良いか職場の心理的安全性を高めるには、管理職(リーダー)が心理的安全性の必要性と効用を充分理解することが、不可欠です。人間関係の機微にあまり敏感ではないアメリカの管理職(boss)に対して、エイミー ・エドモンソン教授は、次のようなていねいなアドバイスをしています。1. 積極的な姿勢を示す : 話を聞くときは少し体を乗り出すか、相手に顔を向けるなど、仕草に注意する2. 理解していることを示す : 苦い顔をしたり、不愉快そうな顔をするなど、否定的な表情を浮かべていないか注意する、など3. 対人関係において相手を受け入れる姿勢を示す : 一対一の会話、意見交換、キャリアに関するコーチングのための時間を作るなど、メンバーのために時間を割く4. 意思決定において相手を受け入れる姿勢を示す : 人の話を妨げず、妨げようとする人をたしなめる。メンバーが成功や意思決定に貢献した場合は、その事実に言及する、など5. 強情にならない範囲で自信や信念を持つ : 自分の意見に対して異論がある場合は、反論するように促す。自分の弱みを見せる。参考:「心理的安全性を高めるためにマネージャーにできること」(原文ではもっと丁寧に細々と例を挙げています)職場の心理的安全性を高めるのは一朝一夕にはいかない課題ですが、パワハラの訴えを恐れて納得のいかないままにリーダーシップの方向転換を模索するよりは、ずっと生産的な取組みだと言えるのではないでしょうか。エンゲージメントを向上したいならロコソルへこちらの関連記事もご覧ください。「社内で情報共有の円滑化を図る方法。コミュニケーションを改善するには。」