この20年余りのうちに、精神障害に関する労災は請求件数、支給決定件数ともに桁違いに増加しました。精神障害等の労災補償状況厚生労働省「精神障害に関する事案の労災補償状況」を参考に作成それだけ労働に関することで精神を病み、仕事はおろか日常生活を送ることに支障をきたした人が多くいるということです。労災になるポイントは、“発症前、概ね6ヵ月の間に業務による強い心理的負荷が認められる(原因が仕事関連だと特定されている)”ことです。業務との関連性+強い心理的負荷=労災となると言えるでしょう。労災に認定されるに至った経緯は様々ですが、そのひとつに対人関係の問題、すなわちいじめや嫌がらせといったパワハラがあります。労災認定まで行かなくとも、2019年に厚労省が公表した「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、いじめ・嫌がらせに関する民事上の個別労働紛争の相談件数は過去最高となっています。労災や労働紛争に伴う企業リスクは考慮しておく必要があるでしょう。このような状況を受け、2020年、事業主に職場でのパワハラ防止措置を義務付ける改定労働施策総合推進法、通称パワハラ防止法が施行されました。(中小企業には2022年4月から義務が課され、それまでの間は努力義務とされています)この記事ではパワハラ防止法のポイントと、どのような対策を行えば本当にパワハラが防げるのかを解説します。せひご参照ください。職場コミュニケーションにお悩みならロコソルへパワハラ防止法のポイントは?①パワハラが定義されたパワハラという言葉はずいぶん昔からありますが、実はこれまでその定義はあいまいなものでした。防止法の成立に伴い、パワハラが明確化され、どういうものをパワハラと呼ぶのか定義されました。職場におけるパワハラとは次の3点の要素をすべて満たすものです。・優越的な関係を背景とした言動である・業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの・労働者の就業環境が害されるものこの定義には抽象的なものも含まれるため、実際のところパワハラなのかパワハラではないかの判断は困難ですよね。客観的に見て「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」であればパワハラには該当しないとされているため、その視点で両者の違いを見定める必要があります。パワハラに該当するかどうかは、厚労省が6つの類型で具体例を提示していますので、こちらをご参照ください。「職場におけるハラスメント関係指針」https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/harassment_sisin_baltusui.pdf②パワハラ防止措置が義務付けられたこれまでセクハラやマタハラについては、企業に対し防止措置の実施が義務づけられていましたが、パワハラに関する対策は企業の自主努力とされていました。しかし前述したように、パワハラは職場で働く上で多大な影響を及ぼす問題です。そこでパワハラ対策を法制化し、事業主には職場のパワハラ防止のための雇用管理上必要な措置を講じる義務が発生するようになりました。2021年4月の時点では違反に対する罰則は定義されていませんが、場合によっては企業名が公表される可能性もあるので、きちんと対策を進めていきましょう。パワハラ防止のためには?では、パワハラを防ぐために企業は何をする必要があるのでしょうか。厚労省の「職場におけるハラスメント関係指針」に基づき簡単に言うと、①周知・啓発、②対処、③再発防止です。まずは「うちの会社ではパワハラは行ってはいけない」ということを周知・啓発します。相談窓口の設置等、体制を整えた上で、パワハラが疑われる事案が発生した場合、まずは事実確認をし、事実が確認された場合は被害を受けた社員への配慮的措置と行為者に対しての措置を行います。同時に再発防止に向けた取り組みを実施します。要は、労災に行くまでに企業で予防処置をして欲しいという意図です。パワハラによって精神を病んだり、最悪自殺するような人が出ないように、会社が早い段階で対処をするように、ということですね。相談窓口だけでは防止できない。パワハラ防止に本当に必要な対策は?上記のような防止措置を徹底すれば、確かに効果は出ると思います。しかしそのためには多大な労力と時間が必要になるでしょう。そもそもなぜパワハラが発生するのか。問題がある人物がいるから。はたしてそれだけでしょうか?問題のある人物がいても、それを問題だと声をあげる人がいたり、周囲に自分を気遣ってくれる人がいる環境であれば、パワハラは防げる。そんな気がしませんか?つまり、パワハラは個人の資質の問題だけでなく、それが起こる環境にも問題があるということです。私にはこんな経験があります。上司は気分屋で、機嫌が悪いと声を荒げることがありました。私もそれは経験済みでしたが、まあこんなものかと放置していました。しかしある日、後輩のAさんから「この前上司にクリアファイルを床に投げ返されて怖かった」との話を聞き、さすがにこのままではまずいと思うようになりました。同僚数人にAさんの話を共有して相談し、目安箱にパワハラ対策の管理者研修をしてほしいと要望しました(当時は相談窓口もなく、今よりもっとパワハラに対して鈍感でした)。それが功を奏したのかどうかはわかりませんが、結果的に上司のパワハラ的な行為は随分マシになったように思います。ここでポイントなのは、Aさんが私に話をしてくれたこと、私にはそれを相談できる同僚がいたことです。もしAさんがひとりで悶々と悩んでいたら精神を病んでいたかもしれませんし、私もひとりでは何も行動に移せなかったかもしれません。Aさんが自分が受けた行為を話してくれ、一緒に行動してくれた同僚たちがいたことで、問題がさらに大きくなる前に少しは対処できたと思います。職場に相談できる人がいる。こういった職場では、問題となる行為が放置され続けることなく、対処につながりやすいはずです。パワハラをする人が問題なのは言うまでもなく、パワハラが起こらないように規程などの体制を整えることはもちろん大切です。しかし本当に大切なのは、問題を無視しない職場の雰囲気、自分事として行動できるチーム力を作っていくことではないでしょうか。まとめここまで、パワハラ防止について考えてきました。パワハラ対策が法制化されたのは、世間のパワハラへの目が一段と厳しくなっていることの表れと言えます。しかし逆を言えば、積極的に防止に取り組んでいることは企業の売りにもなります。職場環境改善への取り組みは大きく評価されるでしょう。ただ、職場環境を整えることで、好きなことを言う社員が増えるのではないか?問題が明るみになって悪影響を及ぼすのではないか?という懸念を持たれるかもしれません。しかし、社員が何も言わないよう問題にフタをすれば、問題が明るみになった時には手遅れで企業にとって大きな損失になります(裁判で多額の賠償や評判の低下など)。問題が明るみになるのは一時的には混乱があるかもしれませんが、社員が対話してより良い職場をつくる上では必ず通る必要なプロセスです。職場コミュニケーションにお悩みならロコソルへこちらの関連記事もご覧ください。「グーグルに学ぶ職場の「心理的安全性」。変動する社会にこそ必要な理由」